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2010年3月

2010年3月 2日 (火)

今度の質問は、3/9予定です

2/15から始まった定例議会。

40日間に及ぶ長い会期。

今はちょうど中間期で、

今年度最後の補正予算審査が終わり、

市長の施政方針演説と来年度当初予算の上程を受けたところ。

私たち市議が質問に立つのは、

3/8~11の4日間。

今回の質問者は、4会派の代表者を含む25名。

私は代表質問終了後、最初の総括質問で、

日程は、3/9の午後1時の予定。

私の場合は、突発的な災害や事業がない場合には、

選挙時に作成した『私はこう動く2009』に掲載した、

選挙公約を一つずつ議会で提案していくようにしている。

今回、取り上げるのは観光問題とバス交通。

観光は昨年9月議会でも取り上げたため、今期2度目だ。

勤勉な労働で輸出を頼りに成長を続けてきた日本経済は、

海外への製造拠点移転にアジア諸国の台頭で、

既に大きな曲がり角を越えた。

国も都市も企業も同じ。

豊かさを守るためには、

モノを創って外で売るか、人を集めて消費を起こすか、

この二つしかない。

グラスの中に入った水を経済に例えれば、

かき混ぜるのが内需、注ぐのが外貨流入だ。

増やすには注ぐ方法を確立して成功するしかない。

情報が経済に一つの景気をもたらしてから、

今や新産業の視線は、環境と観光に向けられている。

静岡市も、来年度からいよいよ

『観光戦略』の具体的アプローチに入る。

私が取り上げるのは、静岡の歴史が積み重ねられてきた、

地元長田の丸子地区の文化財活用と観光客誘致について。

今回は、地元の観光史跡や文化財の現場、

そして岡部から丸子宇津ノ谷へ抜ける山道を歩き、

多くの方に現場の声を聞いてきた。

その声を議会で提案して、

年間40万人の丸子地区観光客を増やす方法を探す。

二点目は公共交通。

市内を走行するバス路線へ、

毎年1億円以上を赤字補填しているのが実態。

交通弱者への公共交通維持がその根拠だが、

赤字補填と運営委託は異なる。

赤字の補填だけでは、

バス車両や停留所の改善に新規投資はできないし、

路線のルート見直しもその財源を生み出すことができない。

もっと、この街の新しい時代に相応しい

バス路線があるのではないか。

地方都市では、

地域住民やNPO、新たなバス会社の参入で、

地域社会に密着した、

小型、小回り、低料金のコミュニティバスが誕生し、

次々と成功を修めている。

全ての路線が中心地に向かって逆放射線で整備された静岡。

例えそれが、他の公共交通機関のルートと競合してきても、

維持することだけが先行してきた。

来年度予算には、LRTなどの調査予算も上程されている。

新しい交通網が整備される時がきた。

一つずつ、丁寧に提案を重ねて、約束を果たしていく。

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2010年3月 1日 (月)

避難勧告を受けて、マニュアルにない動き

一昨日発生したチリ地震から丸一日、

昨日のNHKは終日、津波の到達情報を報じていた。

これは皆さんもご存知の通りだ。

静岡市でも駿河湾沿岸の14地区に避難勧告が発令された。

到達予想時刻は午後2時。

およそ1時間前から東名自動車道、国道150号は通行止め、

そして市内の私鉄が運行を中止した。

結果から見れば、警告を下回る規模での津波到達であったが、

地域によってはやはり市街地への浸水が見られたところもあり、

報道された以上の情報を持たなかった地域社会としては、

やはり勧告通りの準備をしなくてはならない状況だった。

さて、そんな一日の私たち市議の動きは概ね以下の通りだった。

まず、前夜から気になっていた情報をテレビで確認し、

市の議会事務局へ、避難勧告が出された地区の詳細を確認。

私の住んでいる地域から沿岸部はそう遠くない。

午前11時から沿岸部の避難地となっている小学校3校や、

地域の公民館での自主防災や自治会の様子を見に行く。

突発的な被災ではなく、

今回の場合は予め避難勧告が出されるという、

極めて準備しやすい防災対応のはずだったが、

地域によって、その取り組み具合、

避難住民の様子は異なっていた。

約半年前の8月、静岡県を襲った駿河湾沖地震。

早朝5時7分の発生で、多くの市民が東海地震を予期した。

市民の不安を和らげるための正確な行政からの情報発信、

同報無線が聞こえない地域への情報伝達手段、

災害対策本部と地域防災との連携や役割分担など、

多くの課題に直面し、私は9月の議会でこれを取り上げた。

果たして、今回の津波に対する対応には、

どれほどの改善があっただろう。

地域の巡回を終えた、13時50分。

災害対策本部が置かれた市役所へ。

本部には市長をはじめ、市幹部職員が揃い、

各地区の避難状況を確認している。

その一方で、私の携帯には地域住民からの問合せが。

どうしたらいいのか?

『広報しずおか』が聞こえない。

そんな声があった。

行政サイドには、やはりまだまだ多くの課題がある。

我々市議のところへさえ、市からの情報伝達はメール情報だけで、

双方のコミュニケーションが確立されていない。

とはいえ、私が地域の巡回で見知った、

地域防災組織の活動展開は、

本当にありがたく、頼もしいものだった。

休日は住民の憩いの場、遊釣の場となる海岸付近には、

地域消防団の車両が停車、

団員の方々が海岸から住民を避難させ、

進入路で注意を呼びかけている。

同報無線が聞こえにくいところでは、

自治会長がハンドマイクで避難を呼びかけ、

公民館の放送機材で繰り返し非難を伝える地域もあった。

こうした活動が、地域防災のマニュアルに載っている訳ではない。

住民の方々が自らの判断で、

思いつく限りの活動を行ってくれたのだ。

大きな被害がなかったとはいえ、

こうした局面で、行政も住民も、何をしたかが試される。

私が9月に提案した事柄も、まだまだ未完成のままだ。

大切なのは、行政と地域とが、

正確な情報を共有して、役割を自覚し、

最善の効力を発揮すること。

その繋ぎ役が、私たちの仕事だ。

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